2013年03月23日

帰国

2013年3月22日(金)
2年間の任期を終え、日本へ帰国。後輩隊員たちがお見送りに来てくれました。感謝☆

カンボジア滞在中にお世話になったみなさんへ、心より感謝申し上げます。
このブログを読んでくださった方も、ありがとうございました。
協力隊やカンボジアに興味を持ってくれた方がいらっしゃったら、嬉しく思います。

posted by キョウ at 22:43| Comment(0) | プノンペン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月18日

帰国に向けて

2013年3月13日(水)
任地バンテアイミエンチェイからプノンペンへ移動。赴任当時は「どえらい所へ来てしまったな…」と思った任地ですが、別れる時は寂しくなりました。
☆お世話になった大家さんと☆
DSC07527.jpg

2013年3月14日(木)&15日(金)
JICA事務所での帰国報告会。私は初日の発表でした。クメール人と一緒に日本語教育の仕事ができなかった2年間は今でもやっぱり残念です。環境に恵まれなかったな。
☆帰国報告中のワタクシ☆
DSC07558.jpg

2013年3月16日(土)
送別会を開いて頂きました。ありがとうございます。2年間お世話になりました。
☆同期と&集合写真☆
DSC07608.jpg s_IMG_3305.JPG
posted by キョウ at 00:34| Comment(0) | プノンペン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月11日

最後の出勤

2013年3月11日(月)
ミエンチェイ大学への最後の出勤となりました。授業は先週で終わったので、今日は自分の机の整理、教室の掃除。引き継ぐ人がいないので、KOICAの先生に鍵の管理などをお願いしました。ご迷惑をおかけします…。
教室、モップもかけて綺麗にしたけど、明日になったらまた汚くなってるんだろうな…。
最後に学長に挨拶して、配属先での活動が終了しました。お世話になりました。

最後に学長と&日本語の教室
DSC07522.jpg DSC07515.jpg


夜、カンボジアへ帰ってきたチャンレーと、KOICAのヨンジュさんと晩ご飯。チャンレーがおごってくれました〜☆別れは寂しいですね。
DSC07523.jpg
posted by キョウ at 23:57| Comment(0) | バンテアイミエンチェイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

結婚式

2013年3月10日(日)
配属先の学部長の結婚式に招待して頂いたので、出席してきました。開場は新婦の実家のあるモンコール・ボレイという街で、州都のセレイソホンからは車で20分くらいの所です。
外国人教師は、韓国人4名、中国人2名、日本人1名が出席しました。外国人が田舎の民家に押し寄せたので、一瞬会場の空気が変わりました…。
カンボジアの結婚式によくあるダンスタイムはなく、最後に踊りたかったのでちょっと残念。
サルッ先生、末永く、お幸せに。

☆ミエンチェイ大学の先生たちと☆
DSC07482.jpg DSC07495.jpg
posted by キョウ at 02:05| Comment(0) | バンテアイミエンチェイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月10日

送別会A

2013年3月9日(土)
日本語クラスで勉強していた学生を招いてパーティーをしました。学生がクメール料理を作り、私が日本料理。日本料理で何がいいかな?と考え、ちらし寿司、巻きずし、天ぷらを作りました。
パーティーはお店で行ったのですが、料理を持ち込んでも何にも言われません。このおおらかさがカンボジアって感じがします。
みんなから、たくさんプレゼントをもらいました。ありがとう☆
(でも、授業にちゃんときて勉強してくれるのが一番のプレゼントなのよ…)

私が帰国しても、日本語を忘れないように勉強を頑張ってほしいなと思います。
みんな、元気でね。
DSC07448.jpg DSC07452.jpg
posted by キョウ at 00:20| Comment(0) | バンテアイミエンチェイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月08日

送別会@

2013年3月8日(金)
送別会第一弾。同任地えのぽんと共にお世話になった人々を招いてパーティーをしました。
KOICAのオッキョンさん、ミナさん、ナラムさん、ミエンチェイ大学の卒業生のキムハンさん、カンニャーさん、そして任地での困難な家探しを手伝ってくれたおじさん。

バンテアイミエンチェイに来て、まず困ったのが、住む家が見つからなかったことでした。
外国人が少ないため、外国人に家を貸すということに抵抗がある感じでした。普通、任地へ行ってから1カ月程度で家が決まりますが、私は2か月半、えのぽんはそれ以上に探す時間がかかりました。
そんな時に現れてた救世主が、日本に留学している子供がいるおじさんでした。
このおじさんがいなかったら、家が見つからなかったんじゃないかと思います。本当に感謝しています。
それで、今日のお別れに、涙が出てしまいました。
バンテアイミエンチェイにまた来ることがあったら、また会いたい人の一人です。

来てくれたみんな、ありがとう。
DSC07438.jpg DSC07444.jpg
posted by キョウ at 22:17| Comment(0) | バンテアイミエンチェイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

最後の授業

2013年3月7日(木)
帰国まであと2週間。明日は「国際女性の日」で休日となるため、今日が最後の授業となりました。
配属先は2月26日から後期授業が開始されましたが、前期・後期の授業が開始となっても学生はたいてい休み続けます。単位とか平気なのか疑問です。
先週もほとんどの学生が日本語の授業に来ず、最終日も寂しい終わり方となりました。

2年間を振り返ると、私はこの大学でいい先生だったとは言えません。余裕がなさ過ぎました。
何もかも一人で行うカウンターパートのいないマンパワーの活動。広がらない、繋がらない活動。
配属先のニーズ(就職に役立つ日本語力を身に着けさせる)と、学習者のニーズ(学費も安いし、なんとなく)の違いに、どう教えていったらいいのか、わからなくなりました。
配属先の「すべて任せる」は「丸投げ」と紙一重だなと感じた2年間。

文化紹介を多く取り入れるやり方も一つの手段です。でもそれは日本語教師でなくてもできること。
だから私にしかできない「日本語を教える」ことを中心とした活動を行いました。
でも、それが学生にとって良かったことなのか、よくわかりません。

日本語コースに単位があったら、真面目に勉強したのか?
日本語が学科だったら、真面目に勉強したのか?
私の教え方が上手かったら、真面目に勉強したのか?
クメール人の先生がいたら、真面目に勉強したのか?

どうして、授業に来ないんだろう。
どうして、宿題をしないんだろう。
どうして、覚えないんだろう。
どうして、日本語を勉強したいんだろう。

JICAのボランティアを一人送るのに、多額のお金がかかります。
できれば、たくさんの学生に学んでほしかったし、将来の自分のために本気で取り組んでほしかった。
カウンターパートに、私の持ってる技術や知識をすべて伝えて、ステップアップしてほしかった。
そんなことを考えながらの大学からの帰り道、ちょっと涙が出ました。

日本語コースの最後の授業に来た学生たち
初級U
DSC07434.jpg

初級T
DSC07436.jpg DSC07430.jpg

posted by キョウ at 01:29| Comment(0) | バンテアイミエンチェイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。